エンペリウス 四章
六節の後
という訳で、後日になって改めてクラエスを交え、ユディール領内への信号石導入の段取りを組上げたクランドであるが、今現在、自らの館の一室に四人の人間を招き、横に侍るクラエス、メッシェと共に対峙していた。
四人はいずれも男性であり、信号石を扱う人間の教育に必要であるとしてクラエスに招聘させた人材(無論魔術師)だ。クランド自身は魔術師組織とは繋がりがない為、彼女の名義で呼び寄せている。その際に使ったのは伝書鳩だ。ただし翼開長が1mはあろうかという巨大なものだったが。クルッポーというよりも、グルルルボォォーゥと心胆の冷えるような鳴き声を上げていた。竜の姿を顕したレシイのような大型生物でさえ飛行できるのだから、既にそれが空を飛ぶ事には驚かなかったが、飛行中に落としたフンが直撃して家が壊れたと言う苦情が領内で発生したと、ユディールの市長ガストンから報告が入っている。巨大怪鳥とかいう都市伝説にならなければいいが。
閑話休題。
「クラエスから話は行ってるな?」
「ええ、勿論ですとも」
とリーダー格らしい男(ペイジと名乗った)が答えた。不健康そうな青白い顔をにたりと歪め、手をわきわきとさせている。
「……何でも、新型の動く張り型を作りたいのだとか?」
コケた。
「ユディール領主様はお好きでいらっしゃる」
「ククク。我ら一同、天にも昇る心地、いやさ一周して地からせり出してくるような快楽をご提供してごらんに入れましょう……!」
お前ら自分の技術を外に出せれば何でもいいのか、という言葉を必死の思いで飲み下す。
「クラエス。後でお仕置きな」
「ほ、ほんのお茶目ってことで」
気を取り直して、クランドは居住まいを正した。
「……君らにお願いしたいのは、魔力を扱える人間の養成だ。想像力による魔力波長の変化、接触を用いた魔力の送受。と言ったものを教授してやるだけでいい。クラエスが先だって製作した信号石を利用できる人間を作る手伝いだ」
こん、と机の上に乗せた現物を軽く叩く。四人の魔術師達は揃って渋い顔である。元々、物を作り、使ってくれるからという理由で応じたのだ。それが「魔力運用の技術を教えろ」では気が乗ることはない。
「それだけのお話であれば、私どもは帰らせて頂きますが」
「無論、衣食住は保証する。それと、クラエスを加えた君ら五人に専用の建物を用意する。こちらの提示した仕事を果たしてさえいれば、そこで好きに研究なり実験なり行ってもらって構わない」
多少驚いたような顔になった四人にしてやったりと笑みを向けて、クランドは続けた。
「メルキウス派は道具作りが得意とクラエスに聞いた。その技、暫しこの僕の役に立ててはくれないか。今はまだ余人に明かす事は出来ないが、事が終わったならば君達がもう一度日の下に帰れるように計らう心算だ」
魔術師達は互いの顔を窺い、ざわめく。先ほどのリーダー格の男が一歩進み出た。
「クラエス。魔術の寵児、貴女は彼の言葉に信を置いているのか」
「無論です、ペイジ。だから私は穴倉を出る前に賜った、宗主の『一刻も早く、身命を賭してミドールを始末せよ』とのお言葉に逆らってでも彼の傍にいる事を選んだ。今はミドールによる魔術の漏洩を恐れて討つよりも、彼に従って我らの存在を世に知らしめ、今一度世の論を問うが良しと判断しました。今この時、歴史の境目を逃せば、このような変人はなかなか現れないでしょう」
「変人か」
クランドは呆れたように言った。
「メルキウス派の"インバスタリウス"として、私は彼の言葉と行動とを信じます」
「貴女がそこまで言うのならば、否はありませんな」
魔術師は跪いた。
「私どもはクランド・イルマ=ユディール様に従い、魔術が再び日の目を見る為の嚆矢布石となりましょう」
「よろしく頼む」
ペイジがついと顔を上げた。
「ところで具体的にどう魔術をお披露目なさるので」
「後でこいつに考えさせる!」
クランドはメッシェを指差した。地獄の蓋より重いため息が部屋に漏れた。
「客室を用意してあるから、今日のところは休んでくれ。この屋敷の入り口で預けてもらった荷物は運び入れてあるからしばらくはそこを拠点に。クラエス、部屋の場所は分かってるな? 彼らを案内してやってくれ。それから、終わったら僕の部屋まで来るように」
聞きたい事が出来たとクランドは笑った。女魔術師はぞわりと背の毛を逆立てた。
部屋には火の灯された蝋燭が立てられている。壁も扉も防音に気を使ってある故、クランドの私室兼寝室ではあるが、秘密の怪談にも悪くはない。
「まずは偽りの名を申し上げていた事、お詫び致します」
滅多に聞けない真面目な声で、クラエスは謝罪した。
「インバスタリウス、と言ったな。それは魔術の始祖の名前じゃなかったか」
「はい。本来は始祖の姓の事を指しています。そして始祖インバスタリウスには、二人の子がいました。以前にも語らせて頂きました流派分裂の際、インバスタリウス派に残ったのが長子。次子はメルキウスの薫陶を受け、メルキウス派のインバスタリウスとして血を残しました」
ゆえに、本来は己にも姓が付き、クラエス・インバスタリウスとなるのだ、と。
彼女はそう言った。
「インバスタリウスの名は、今でも強い影響力を持っています。私が先ほどあの場で己の名を晒したのは、魔術始祖の血統を受け継ぐ者としての覚悟を示したものです。私は、クランド様のお傍に侍る事が魔術師にとってよき事である、と。そう判断しました」
俯いているからか、黒髪に隠れて顔は見えない。クラエスは跪いて、許しを請うように頭を垂れた。
「かしこまるなよ、クラエス。僕は責めようなんて思っちゃいないし、それは責める程の事とも思えない。誰かに全てを打ち明けるなんて事は大の親友にだってする奴は滅多にいないんだ。それに、僕は知らなかった訳だが、影響力のある名を隠すのは当然の事だ」
それよりも、とクランドは続けた。
「どうもミドールの捜索と追跡について消極的だと思ってたら、最初からそれを無視して魔術の存在を公にする腹積もりだったのか、もしかして」
「そ、その。はい……」
今度こそ本当にばつの悪そうな声色でクラエスは自分の指同士を突付き合わせ始めた。
「ミドールが魔術を用いて暴れ回ってくれるならば、私が同じように魔術を用いて対立勢力に属する事でより話を大事にして魔術師の利便性を明らかにして、かつ権力者に我らの素晴らしさを売り込めれば、なぁ、とか……」
クランドは笑った。
まったく、最初からそう言っていても使える物は使うつもりであるのにと。
「普通、魔術師がこうも厚遇されるなんて思わないよ……です」
口調が崩れてきた。
「僕を普通と侮ったのが間違いだな、それに関しては。ただね、一つ聞かせてほしいんだが、何でわざわざ僕がこうやって話を聞こうとする状況を作ったんだ? 彼らを説得する為に名を出すにせよ、自分の立場を語るにせよ、場の裏で――僕の見ていない場所でいくらでも出来るはずだ」
クラエスはさらに口ごもった。
ぽそぽそと小さく呟く。
「……るしかった……」
「はーいクラエスさーん、きこえませーん」
「……クランド君のお人よしさに比べて、汚い事してるようで心苦しかったんだ、ずっと」
との事である。
「まったく。さんざ僕の事をお人よし、だなんて言っておいて。偽証が心苦しいって言う君だって相当な物だと思うよ、僕はね」
「そりゃ、私だって憎憎しい相手とかならこんな事思わないけれど。それなりに仲のいい相手に隠し事って何か後ろめたいじゃないさ」
クラエスはぼそりと言った。クランドは少しだけ苦笑いする。内心で「ふ、普通だ。何で今更こんな普通の子みたいな事を言い出すんだ」と驚愕している。
「と、とりあえず! 私個人としてもう隠している事はないから!」
いつも飄々とつかみ所のない奴だと思ってはいたが、何とも普通なところもあるようだ。クランドは先ほどからにやけの消えない頬を揉み解して、それでもなお笑いながら言った。
「正直、悪い人間じゃないけど胡散臭い、なんて思ってたんだけれどね。なかなか可愛い所もあるじゃないか。これで、もっと弱い所を見せてくれて、かつ女の子らしい言葉遣いと態度だったらねぇ」
「むきー! 自慢するけど顔立ちとか体とかにはそれなりに自信があるんだよ私は!」
知ってるさ、とクランドは聞こえないように呟いた。ユディール領主の就任の際に催された宴で見た彼女のドレス姿はすぐにでも眼に呼び起こせる。
「……確かに魅力がないとは言わないけれど」
「な、何さ」
以前は艶もなくただ多いだけだったが、今は髪をよく手入れしているようで、濡れ羽色のさらりとした長髪を腰の辺りで切り揃えている。前髪が顔を隠すこともない。
男のロマンをこの上なくそそるレジェンダリー・ヒルは下着(枠を通した布製のもの)で支えられ、余裕のある長衣の上からでも分かる膨らみを持っている。尻は隠れているので分からない。
暫し考える。
「さ、寝台に行こうか」
がし、と肩を抱き寄せた。しっかりとシーツの整えてある寝台へと引きずるように歩む。
「ちょちょちょ、ちょっとクランド君、強引すぎやしませんですか。話が繋がってないというか雰囲気をもう少し考えて欲しいというか、今明らかに違ったよね。そういう流れじゃなかったよね。いつもならもっとこう、クランド君がからかわれて怒って、私が逃げるとかそういう所だよね。最近逆もあったりするけど」
暫し考える。
「さ、行こうか」
「話聞こうよ! そりゃ私だって雰囲気とかさえ考慮してくれたらクランド君ともその、やぶさかじゃないけれど、でもこの流れはいやあああ」
「あー……クラエス。好きだ。やろう! うん、これでよし」
「うわすごい手抜き」
暴れるクラエスの膝下に手を入れて抱え上げる。正味の話、クランドが多忙でそちらの処理を疎かにしていたのも暴挙の理由の一つである。無論、今現在においてのこれは演技ではあるが、むくむくと起き上がってきているのもまた確かだ。女性の体の柔らかさと、男とは違う種の匂いと言うのは、健康的な男子にとっては艶本に勝る興奮を生み出す素とも成り得る。
「最低最低! 見損なった! 強姦魔!」
「いいかいクラエス。寝台の一つある部屋の中に若い男女がいる。互いに憎からず思っている。なら解は一つじゃないか」
「騙されない! 私は騙されないぞう! その解は恋仲っていう条件が付加されて然るべきだ!」
「合体から始まる恋もあるさ。あと僕自身その、我慢できない。しんぼうたまらん」
けだもの。
へんたい。
はれんちかん。
クラエスの口から思いつく限りの罵声が飛び出すが、クランドは意に介した様子もない。防音も完璧である。さらに言えばクランドは今、胸に刻んだレシイとの血属の印に熱を感じている。勿論、竜性を用いて身体能力を底上げし、クラエスの動きを抑え込んでいるためだ。無駄使いである。
寝台にクラエスを横たえると、その両の腕を抑え込むようにした。
「僕からするのはそう言えば初めてだったな」
普段ふざけてこちらを誘惑しているクラエスが、逆に顔を赤くして慌てふためく様を楽しみながら、軽く静かに口付けた。
「やはり私に足りないのは軽さ緩さなのか……あるいは血属の意識がいけないのか……」
その夜、クランドの部屋の扉の外では、レシイが憮然とした表情で立っていたとか何とか。
注釈
伝書鳩:私の戦闘力は53万ですッポー
四人の魔術師:残り三人はジョーンズとかプラントとかボーンナムだったりはしない。多分。
レジェンダリー・ヒル:僕らが真に望んでやまないものの一つ。
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